終戦記念日のつぶやき再録


昨日のツイートをブログにも再録しておこう。ちょっと修正したところもあるけど、終戦記念日のつぶやきとして。


さて、終戦記念日に合わせて「靖国を参拝しましょう」みたいなRTしてきた数人をリムーブした。戦没者の霊を参拝したいと思うのは当然のことだが、その方法は一方的に押しつけられるようなものではないと考えるからだ。

俺はいわゆる軍人の英霊と民間戦没者の命を区別して祈ったりはしない。終戦の日には民間人やキリスト者や犬猫や家畜も含め、戦争の犠牲になったいのちすべてに対して祈る。だから特定の慰霊追悼などではなく、いまいる場所で祈りを捧げる。

日本の「国体」が大好きで、そこに強い誇りをもち、靖国に参拝したいという人はそうすればいい、結構なことで何の文句もない。しかしそんなことを押しつけられるのはうんざりだ。ノンポリ市民を「非国民」と非難するような「愛国者」達が率先して戦争を起こしてきたのは、世界中どこも同じだ。

日本の歴史だの民族の文化だのと言うわりに、箸をまともに扱えず、着物を着ることもなく、日本語をちゃんと話せないような自称「愛国者」たちがちょっと多すぎるんじゃないか? 俺は日本の風土や言葉や文化が好きだから、自分も愛国者のひとりだと思っているけど、彼らのようなナショナリストの言うことをあまり信用していない。まあ、彼らにとってみれば、俺のようなやつは非国民なのかな。

戦後50年近くを生きてみて、日本もまた戦争を始めてしまうかも知れないなあ、という気分が日増しに強くなる。ある種の人たちには命よりもプライドや誇りの方が大切らしいので、それは避けられない道なのかも知れない。俺のような間抜けな非国民は真っ先に死ぬことになるだろう。ああ嫌だなあ。

ベランダのトネリコに蝉がとまっている。もう鳴きも動きもせずにじっとしている。よく鳴いたからこれで終わりなのだろう。俺は七年前、どこでなにをしていただろうか。

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