電子の文字 ── モリサワと写研(再掲)

正式な発表がないので未確認なのですが、写研の石井社長がお亡くなりになったらしいという情報がSNSに流れてきました。

石井社長には21年前にインタビューを申し込んだことがあります。残念ながら断られてしまいましたが、その時の経緯などを含めて当時(1997年)の「ワイアード日本版」に書いた原稿を再掲載しておきます。以前のブログでも公開しており、ブログをリニューアルした時に消えたままでした。

文章は紙面掲載当時のまま、約物の表記をWeb用に少し修正してあります。

現在はちょっと考えるところがあって、個人的にはフォントやDTP関係の発言を控えています。フォントに関しては過去に何冊か書籍を出したり、専門誌などに執筆をしたこともありましたが、今は若くて熱心なライターの方も出てきており、私の役割は終わったかなと思っています。


電子の文字 ── モリサワと写研

ワイアード日本版 1997年10月号(3.10)掲載原稿
words 深沢英次 Eiji Fukasawa

石井茂吉と森沢信夫が1924年に発明した日本語の手動写植機は、それまでの鉛活字による文字・印刷技術を一新してしまうほどのテクノロジーだった。ホットタイプ(活字)からコールドタイプ(写植)へ。この流れは世界中を席巻し、活字による文字組みは過去のものになってしまった。現在、私たちが使っている「活字」という言葉も、そのほとんどは写植による文字を指すものだったと思っていい。そして今、DTPをはじめとするデジタル化が文字のありようをもう一度大きく変えようとしている。世界中の言語の中でも最も難しい組版処理を要求される日本語とその字母(タイプフェイス)を、ビジネスの中枢に置いてきたふたつの会社も、今また大きな岐路に立とうとしているのだ。

モリサワの決断

1984年、ゼロックス・パロアルト研究所の主任研究員だったジョン・ワーノックはアドビ・システムズを設立し、PostScriptというコンピュータ言語を発表した。翌年には、アルダス社長のポール・ブレナードがPostScriptを利用して、DTP(Desktop Publishing)というパーソナル・コンピュータによる出版技術を提唱し、PageMakerを発表する。生まれたばかりの小さなコンピュータ、Macintoshで稼働するこの「次世代の出版環境」は、当時ドイツで行われたDRUPA(国際印刷機材総合展示会)でも入場者の注目を浴びていた。

多くの人がMacのモノクロ・9インチモニタに釘付けになり、その画面上で組んだ文字が、同じ書体、同じサイズでレーザーライターやライノトロニックといった高品位の出力機からプリントアウトされることに息をのんだ。そして、その観客のひとりに写植機メーカー、モリサワの社長(現会長)である森沢嘉昭がいた。

もちろん、それまでにもコンピュータによる文字組みはあった。ガラスの文字盤に光を当て、それをレンズで拡大・縮小して印画紙に焼き付けるという写真植字機だが、欧米ではすでに70年頃からコンピュータ制御によるものが登場し、手動写植機に対して自動写植機、電算写植機などと呼ばれていた。70年代の後半には日本でも、光学式の文字盤を必要としないデジタル出力のものが発売されている。

モリサワは当時、ライノタイプ社のライノトロニック出力機を使用する「ライノトロン202Eシステム」という電算写植機を販売していた。同じライノトロニックを使用できるという点でも、MacintoshのDTPは森沢嘉昭の印象に強く残ったようで、DRUPAの後、ライノタイプ社との会合でもMacのことを話題にしていた。

一方、世界進出の機をうかがっていたアドビも、日本語の字母デザインを供給してくれるビジネス・パートナーを捜していた。写研をはじめ複数の会社と接触したが、どこもまだDTPやPostScriptをきちんと理解しているような状況ではなかった。しかし、数字や記号を入れても100文字程度で済む欧文の書体と比べ、最低でも5,000文字が必要とされる日本語のPostScriptフォントをカリフォルニアのアドビ社内で作成するのは無理だ。どうしても和文書体を所有し、アウトライン・データ化のノウハウをもつパートナーを探さなければならない。そんなとき、アドビの提案に興味をもっているという写植機メーカーが現れた。それがモリサワだったのだ。

86年、アドビとモリサワはPostScript(Type1)和文フォント(以下PSフォントに略)を共同開発するという契約を結んだ。モリサワはさっそく日本語の数書体をアウトライン化するという作業に取りかかった。

時はまだ写植機全盛の時代である。当時のモリサワも、売り上げのほとんどを電算写植機とそのシステムに頼っていた。最初にリリースすることが決定したリュウミンライト-KLと中ゴシックBBBの2書体は、確かに写植ではそれほど人気のある書体ではなく、タイポグラフィ・デザインとしては償却が済んでいるという判断もあった。しかし、DTP用にフォントを供給することで、それまで自らのビジネスの中心だった写植業界を潰してしまうといった不安はなかったのだろうか ?

使えなかった“イカルス”

「最初はあくまでもOA用という認識で、まさかプロのデザイナーや出版社がDTPで仕事をするなんて、我々も予想してませんでした」と語るのはモリサワの石田健常務取締役。もともと石田は電算写植用の文字を開発していたが、アドビとの契約後は日本語PSフォント作成のリーダー的な役割を負っている。

モリサワでは電算写植用のアウトライン・フォント作成に「イカルス」というシステムを使っていた。西ドイツのURWが開発したイカルスは、ワークステーション上で動くソフトウェアであり、スキャンした文字デザインをデジタル化し、さまざまなフォーマットにコンバートできるというものだ。対応しているフォーマットには直線ショートベクトル、直線と円弧の組み合わせ、2次スプライン曲線、ベジェ曲線などがある【*1】。

PSフォントの場合、アウトラインのデータは3次ベジェ曲線と呼ばれる方法で記述される。現在のイカルスはかなりの精度で元データをベジェ曲線にコンバートできるのだが、その当時はそう簡単にはいかなかった。

「アメリカのアドビにはデータを持って何度も行きました。彼らから曲線ポイントの位置や数について、細かな指示が出ます。一見同じように見えても、出力時のサイズによって微妙に影響してしまうらしい。結局イカルスが使えないので、リュウミンライト-KLと中ゴシックBBBのPostScript化にはアドビ製の専用ソフトウェアを使って最初から作り直したのですが、完成するまでには20人近いスタッフで、1年以上の時間がかかってしまいました」と石田は言う。

いくらOA用といっても、そこまでのコストをかけた商品を世に出すには、それなりの戦略や営業判断があったはずではないか。しかし石田はこの質問をさらりとかわした。
「DTPが市場として確立するかどうかはわからなかったが、日本語の場合はどんな書体でも、商品にするまでにはものすごい手間がかかるのです。もちろん、電算写植機の営業部隊からは不安の声も多少上がりましたが、会社としても常に新しいことを先取りしていたいと考えていましたから」

TimesとHelvetica

モリサワはOA用を想定していたというが、共同開発をしたアドビと、PostScriptを商品の目玉にしようと考えていたアップルの戦略は少し違っていた。

日本最初のPSフォントは89年に、アップルコンピュータのNTX-Jというプリンタに搭載されて発売を開始したが、このプリンタに飛びついたのはビジネスマンではなく、グラフィックデザイナーたちだったのだ。翌年の90年にはIllustrator、QuarkXPress、PhotoshopといったDTP用ソフトウェアのラインナップが揃い、新しもの好きなデザイナーの間に、DTPとMacintoshは一種の熱狂をもって迎えられた。

しかし、それまで、指定したものを写植のオペレーターに印字してもらうというシステムが出来上がっていた業界の中からは、同時にDTPに対する不満も湧き上がってきた。数百もの書体から好きなものを自由に選ぶことのできる写植に比べ、DTPの2書体というのはあまりにも貧弱に見えたし、アメリカ生まれのPageMakerやQuarkXPressといったレイアウト・ソフトはまだ縦書きに対応することができず、その文字組みもプロの目からは許しがたいほど甘いものだった。中でも特に評判が悪かったのは、この和文2書体の英数字のバランスが非常に悪いということだった。

実は、アドビとの共同開発でモリサワが要求されたのは、リュウミンライト-KLと中ゴシックBBBの“かなと漢字”のアウトライン・データだけだった。

「英数字はどうするんだろう、という気持ちもありましたが、その当時はそれほど深く考えませんでした。今考えるとうかつでしたね」と石田は言う。アドビから正式に発表されたリュウミンライト-KLの英数字にはTimesが、中ゴシックBBBにはHelveticaという書体があてがわれていたのだ。

縦書きと横書きが混在し、さらにアルファベットや「約もの」と呼ばれる記号の扱いまで含めた日本語の文字組版は、世界の中でもかなり特異なものである。正式な理由はわからないが、当時のアドビ本社にはまだ日本語の独自性がよく理解できなかったため、合理化のひとつとして英数字を欧文フォントにしたのではないかと言う。

「画面表示用のビットマップ・フォントに細明朝(さいみんちょう)と中ゴシックなんていう名前がついているのも驚きました。あれはおそらくNTX-Jを発売したアップルさんがつけたのではないかと思うのですが、細い明朝ってなんや、と社内でも話題になりましたよ」と石田は笑った。

専用機時代の終焉

デザイナーたちからの支持が得られたことに触発されたモリサワは、91年になって、見出し用の太明朝A101と太ゴシックB101、そしてマニュアルやCADなどで要望の多かった丸ゴシック体のじゅん101を追加し、初めてのパッケージ販売によるフォントのリリースを行う。また、写研の人気書体だったゴナに似たロダン・シリーズを香港のフォントワークス社が発売し、日本のDTPブームは一挙に火がついた様相となった。ようやくDTPがビジネスとして注目されるようになったのだ。

「もう、この頃には文字組みの専用機は時代の要求に合わなくなるだろうという意識がありましたね。データというのは共有されることを望むものです。専用機がいくら文字データの互換性をうたっても、それは受け取ることができるというだけのもの。PostScriptは受け取ることも渡すこともできるんです。それも文字だけでなく写真や線画まで含めてしまう。こんなコンピュータ言語が出てくるとは思いもしませんでした」

石田はPostScriptの優位性はまだしばらく続くだろうと予想する。

「PostScript自体はアドビによるものですが、出力機やレイアウト・ソフト、それにフォント・メーカーなどいろいろな会社が集まって現在のDTPを成立させている。1社だけの意向で動くものではなくなっているんです。世界的にみても、これを超える環境が出てくることはちょっと考えにくいでしょう」

ここ数年、モリサワの企業業績は順調に伸びているが、その大半はPSフォント関連のものだという。数年前に手動写植機の生産を中止し、電算写植も専用機ではなくWindows 95で動くソフトウェア・システムとしてリプレースした。もちろんその出力はPostScriptによるものだ。また、写植時代のドル箱であった見出しゴシックMB101をはじめ、モリサワの代表的な太明朝書体としてデザイナーや出版業界から高い評価を受けているA1のPS化も進行中である。さらに、アドビが提唱した新しいPSフォント規格であるCIDフォーマット【*2】を受けて、現在発売中の書体をすべてアップグレードすると発表した。CID化により、今までシフトJISの文字コードを使用するDTPの泣きどころだった旧字体や外字、記号などの発売にもめどが立ったのだ。

沈黙する巨人

世を挙げてのOA化の流れによって、どこの家電メーカーでもワープロやパーソナル・コンピュータ上で使われる美しいアウトライン・フォントを要求していた。しかし、先程述べたように自社で新しいフォントを開発するのは膨大なコストがかかる。このような声に応えるため、88年には通産省工業技術院指導による産学官民の協力団体「文字フォント開発普及センター」が設立された。

開発普及センターの目的は、デジタル化の時代に向けて、誰もが自由に利用できる新しい和文書体を作成することにあった。書体ごとに出資会員を募り、会員は完成した書体を無料で使用できる。出資会員以外でも安いライセンス料で利用することが可能だ。書体のデザインはコンペによって行った。ここで生まれたのが「平成書体」である。

平成書体にはリョービが制作した平成明朝体(W3〜W9)、日本タイプライタが制作した平成角ゴシック(W3〜W9)、そして写研が制作を担当した平成丸ゴシック(W4・W8)がある。96年、この3ファミリーが完成した時点で、文字フォント開発普及センターはその役割を終了したとして解散した。もちろん平成書体は商業印刷向けにつくった書体ではないため、それまでの写植文字と直接の比較対象にはならないのだが、ここで注目に値するのは、平成丸ゴシックを開発した写研の名前だ。

写研はここまでの間、DTP化の流れに沈黙を守っていた。森沢信夫とともに手動写植機を開発した石井茂吉が、その後袂を分かち、写真植字研究所として設立したのが現在の写研である。写研は写植機の全盛時には圧倒的なシェアを誇り、80年代には総印刷物の70%以上に写研の文字が使われたといわれるまでに成長した。

タイポスやナール、ゴナといった新しい書体は、それまでのオーソドックスなゴシックや明朝体に飽きていたデザイナーたちに絶大な人気を得たし、創設者の石井茂吉自らが自宅、玄関わきの六畳間にこもり、8年の歳月をかけて5万字以上をひとりで書き上げた大漢和辞典(大修館書店)のための石井明朝体は、そのバランスの取れた美しい文字デザインによって現在でも多くの編集者や出版関係者にファンが多い。

その写研がOA化に合わせた平成丸ゴシックを開発し、95年にパッケージでのリリースを認めたのだ。印刷業界の中では写研のDTPフォントへの進出が近いのではないかと、まことしやかな噂も流れ始めた。

文字組みルールの確立

「公式な発表は出していないんですが、簡単に言ってしまえば現時点でパッケージ・フォントのリリースは考えていません」と話すのは写研の企画宣伝グループマネージャーの平賀隆二である。DTPと自分たちが販売している文字組みのシステムはまったく別のものだとして、DTPに関する取材やインタビューにも応じていないという。しかし、南大塚にある写研の本社を訪ねてみると,「一般論として」という前置きをしながら、こちらの質問に長時間、言葉を選びながら丁寧に答えてくれた。

「もちろん、今後もフォントのリリースが絶対にないとは言い切れません。しかし日本語の文字というのは組版や出力と一体で完成するものです。文字だけを切り放して販売してしまうと、糸の切れたタコのような状態になってしまう。どんな文字組みをされるかわからないし、どんな出力機で出力されるのかもわからない。DTPは編集やデザインのテクノロジーとしては目を見張るものがありますが、写研が販売するものは、文字組みや出力までを含めて“生産性を第一に考えたシステム”であるべきだと思っています」

確かに文字と文字組みは切り放せないものだ。写研では電算写植システムを購入したユーザーには、機械の使い方だけでなく、校正記号の読み方を含めて徹底的な組版ルールの研修を行っている。また、文字組みのルールブックとして「組みナウ」という小冊子の配布もしている。このあたりの考え方には、モリサワと対照的なものがあるようだ。モリサワでもシステム購入のユーザーには講習を行っているが、それはあくまでも機械の使い方がメインである。

モリサワ・デジタルタイプセンターの冨田信夫は,「日本語の組版ルールというのは、まだそれほど確立されたものではないと思います。もちろん基本的なものはありますが、活字から写植、そしてDTPへ、メディアが変わればルールだって変わっていくものではないでしょうか。モリサワとしては“日本語の文字組みはこうであるべきだ”という考えを押しつけるつもりはありません。機械の方が自動的に基本的な組版ルールを守る必要はありますが、細かな部分では、あくまでも使う側がルールをつくっていけばいいのです」と語っていた。

生産機具としてのDTP

「組版までがビジネス」と言い切る写研だが、DTP化への流れを無視しているわけではないようだ。やはり数年前から手動写植機の販売を終了し(現在は受注生産のみ)、電算写植システムのみの販売となっているし、つい最近まで買い取り式だった電算写植用の書体データも、96年末からNフォントパックとして使用量に応じたリース販売に変更した。初期コストを低く抑えて、写研の電算写植機を広く導入してもらうための動きだ。また、それまで文字組のみだった組版ソフトでも、TIFFやEPSなどの画像データを張り込むことが可能になるなど、自社システムの充実は進んでいるという。

確かに、いくらDTP時代といっても、コンピュータ系の雑誌を除き、大手の出版社が発行している一般の週刊誌・月刊誌はいまだに電算写植機で組まれたものがほとんどだ。単行本の類も同じような状況である。地方に行けばまだまだMacのDTPはマイナーな存在だし、伸び悩んでいるとはいえ、ここ数年の写研の総売り上げはモリサワより多く、収益に関してもはるかに上回っている。【*3】

「要するに環境の問題なんです。私たちが販売してきた電算写植のシステムに比べ、DTPはまだまだ環境ができあがっていない。写植機の場合、見出しや広告用のコピーをきれいに打つことができるだけでは商売にならないのです。デザインの自由度よりも、1日に何ページ組むことができるかが勝負になっている。そういった生産機具としての環境は、まだDTPには整っていない」と写研の平賀はいう。

もう少し写研のDTPに対する考えを聞きたいと思い、社長である石井裕子に対するインタビューを申し込んだのだが、これは実現しなかった。雑誌や新聞などからの取材はすべて断っているらしい。大正4年生まれの石井は、創設者、石井茂吉の娘である。現在でも販売予定の書体をすべてチェックし、彼女がOKを出したものだけが“写研の文字”としてリリースされている。一世を風靡したゴナやナールといった書体も、石井の厳しい審美眼によって世に送り出されたわけだ。彼女がDTPをどう捉えているのかをぜひ聞いてみたかった。

デジタルのかかえる問題

DTPに限らず、文字を扱う世界でデジタル化が進んでいくのは間違いのないところだ。写研やモリサワでも、デジタル化の波を受けて、それまでにはなかった新しい問題が生まれてきている。中でも特に彼らを悩ませているのは、フォントの著作権だ。

世界的にみても,「文字のデザイン」は著作権では保護されないという考え方が一般的である。文字は人類の共有の財産であるという考えがベースになっているからだ。現に、83年の東京高等裁判所では,「文字は万人共有の文化的財産であり、特定に書体の著作権を認めると他人が使用できなくなるから認めることはできない」という内容の判決を下した。しかし、特に日本語の場合、膨大なコストのかかる書体デザインを著作物として認めないというのは実状に合わないとして、タイポグラフィ協会などは独自の倫理綱領を発表している。

ヨーロッパなどでは60年のヘーグ協定や73年のウィーン協定などにより、文字デザインの権利と保護を打ち出している国も現れているが、基本的には利用者のモラルにまかされているのが実状だという。

モリサワの冨田は,「欧米では文字のデザインそのものより、フォントに付けられた名前を著作権で保護するという考えが生まれています。それにもうひとつは、デジタル化でコピーしやすくなったといっても、比較的使う側のモラルが守られているという現実があります。日本をはじめ、アジアでは、残念ながらまだまだこのあたりのモラルが低いのが実状です。私たちがフォントをソフトウェアとしてリリースするときも、最初からプロテクトはかけるものだという意識がありました」という。

モリサワが現在発売しているPSフォントは、画面表示用のATMフォント、レーザープリンタ用の低・中解像度用フォント、イメージセッタなど高品位出力機用の高解像度用フォントがあるが、そのすべてにコピープロテクトと、ソフトウェア上でアウトラインが抽出できないようにアウトライン・プロテクトが施されている。正規ユーザーにとって、このプロテクトは不便で不快なものであるのは間違いない。

「私たちも現在のプロテクト方法がベストだとは考えていません。アウトライン・プロテクトに関しては、この方法を採った時点ではIllustratorなどのバージョンも低く、ソフトウェア上でアウトラインを取ってデザインに利用するといったことは、まだ想定していなかったのです。ユーザーの方に不便な思いをさせていることは承知していますし、今後、プロテクトを外すにせよ他の方法を採るにせよ、なんらかの方策を探っていかなくてはならないと考えています」

結局、環境が成熟していないということなのか。写研が文字を販売しないのも「環境が成熟していない」ということだった。写研では「外されないプロテクトはないから……」という声も聞いた。

環境というものは、一企業の思惑だけでどうにかなるものではない。確かに私の周りを見渡しても、自分の制作物の権利にはうるさいグラフィックデザイナーたちの多くに、コピーしたソフトウェアを使って平気で仕事をしている者がいる。このあたりのことを企業やユーザーが一緒に考えていくことができなければ、環境を成熟させるなんてことは当分無理だろう。

写研とモリサワ、それぞれの方向性を模索しているこのふたつの会社は、手動写植機の共同開発という歴史をもちながら、歩む道筋はすでに遠く離れてしまったようだ。ユーザーとしては、美しい文字を自由に使える時代が来ることを願うしかないわけだが、はたしてその日はいつ来るのだろうか。


【*1】アウトライン・フォーマット
文字のアウトライン・データは複雑な曲線によって構成されている。この曲線データをコンピュータで扱える数学的記述方に変換するのだが、その方法にはさまざまなフォーマットがある。直線ショートベクトルとは、曲線を非常に短い直線の組み合わせとして表現する方法。直線の長さと、隣り合った直線との角度が記述される。直線と円弧の組み合わせではもう少し自由度が高くなる。これはディスプレイ・フォーマットとも呼ばれる。TrueTypeフォントに使われている2次スプライン曲線は、指定された2点間の曲線を2次の多項式(「+」または「−」の記号で2つ以上の項を結びつけた整式)によって補間したもの。ベジェ曲線(3次ベジェ曲線)はいちばん自由度が高く、曲線の各区間を両端点(ポイント)と2つの制御点(ハンドル)によって表現する。IllustratorやFreeHandといったグラフィック・ソフトでは、ベジェ曲線を直接操作することで図形を描くことができる。

【*2】CIDフォーマット
Character ID(文字識別子)Keyed Font Format。アドビがそれまでのコンポジット・フォントに代わる規格として94年に発表した2バイト文字用のフォーマット。少ないメモリで高速に展開し、外字や記号の追加、文字自体に詰め組み情報をもたせることなどができる。モリサワでは現在発売中のPSフォントを順次CIDフォーマットにアップグレードする予定。

【*3】写研とモリサワの企業業績

写研 モリサワ
総売上 利益 総売上 利益
93年度 200億円 13.4億円 102億円 2.4億円
94年度 190億円 15億円 116億円 2.8億円
95年度 190億円 11.6億円 139億円 3.5億円

東京商工リサーチ企業情報より。関連会社は除く。

初出:ワイアード日本版 1997年10月号(3.10)


「電子の文字 ── モリサワと写研(再掲)」への1件のフィードバック

  1. 初めてこの論文を読ませていただきました。ぼくは一人出版者として約半世紀ーー75歳になったいまも出版を細々とやっていますが、まさに活字・タイプから手動写植、電動写植、さらにはパソコンへと進む激変する組版社会の渦中で悪戦苦闘してきました。写研の写植機が高くてモリサワ(手動)の万能機を買いましたが、時代の流れは想像していたよりも遥かに速かったですねえ。読んでいて自分の半生が思い出されてきました。
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